相見積もりに意味はない【家のつくりかたコラム】vol.13

Q.複数工務店から工事金額の相見積もりを取りたいが可能か。
(なぜ相見積もりを取らないのか)

A.労力の割に得るものが少ないので、おすすめしていません。

ごくまれに、相見積もりを取りたい、あるいは取れと
言われることがあります。
相見積もりは価格競争ですから、払う側にとって
“都合がいい”のはわかります。
ですが、相見積もりを「正確に」「正当に」行うには
想像を絶する労力が要る、という点が理解されていません。

たとえば、3社に相見積もりを依頼したとして、
柱や梁など木材の項目が最安値なのがA工務店、
トイレやユニットバスなど設備機器の最安値がB工務店、
電気工事と設備工事を最安値で出してきたのがC工務店
というふうに価格差があった場合。
それぞれの最安値を他の工務店に伝えて値引きを要求し、
工事費を安くするのが相見積もりだと
思っている人がいますが、まったく違います。
それは単なる“買い叩き“です。

工務店によって項目ごとに価格差があるのは、
仕入れルートや保管場所、運送手段などの事情が
それぞれ違うからですし、他の全てのビジネスと同じように、
工務店にも利益を得る権利があります。
利益を、どういうかたちでいくら得るか決めるのも工務店の自由です。
そこに口を出すのは相見積もりとはまったく違う行為です。

知らなくてやってしまうのは仕方ないことですが、
(建築業界の素人である施主が言うならともかく、
設計士でもこれをやるのがたまにいてビックリしますが)
今回は本来の相見積もりを理解して頂きたいと思います。

相見積もりを行うときには、
まず相見積もりであることや、見積期限を適切に設定して
それを依頼する全社に伝えなくてはなりません。
忙しければ相見積もり案件は断る、という会社もあります。
そのせいか、断られないように、または話を有利に進めようと
できるだけ情報を隠したがる人もいますが、そうすると
有利不利どころか工務店から信用されなくなります。

参加する工務店が決まったら、
見積要件を全社に対して一切の相違なく
正確に伝えなくてはなりません。
A社とB社とC社に違う内容を伝えれば
見積金額も違って当然ですから、正確な比較ができません。

工事費を見積もるときには、図面や要項だけでは
詳細がわからない部分も必ず出てきますので、
工務店からは質疑がくるはずです。
それらの質疑にできるだけ早く回答し、
他社も共有すべき情報であればきちんと伝達します。

見積書が出揃ったら、数百項目を全てチェックします。
図面や口頭で伝えた内容が抜けていないか確認し、
あれば指摘して計上させ、計上しないなら追加は認めないと
はっきり伝えなくてはなりません。
見積要件をいくつも見落としていれば安くなるのは当然です。
最安値の工務店に発注したら工事後に追加請求された、
と言ってトラブルになるケースもよく見聞きします。
これは半分は見落とした工務店の責任ですが、
責任のもう半分は、きちんとチェックして
見積落ちを指摘しなかった(またはできなかった)
発注者(施主)が負うべきものです。

こうやって内容全体に不備がないと確認できてはじめて、
総額が一番安い会社を確定させることができ、
ようやく依頼に進むことができます。
この一連の手続が、本来の「相見積もり」。
見積書の表紙だけ見て総額が安いトコを選ぶ、
という単純なものではなく、
大変な労力と時間が要るのです。

見積を作る工務店もまた、多大な労力を費やします。
工務店さんは、図面から柱、梁、ベニヤ板などの
部材の数を読み取って、数千円の柱が何十本、とか、
そういう小さな金額を何百項目も積み上げて
一冊の見積書に仕上げています。
通常の打合せでもよく、施主が見積書を見て驚くのですが、
おおまかな項目があって、各なんびゃくまんえん、程度の
ざっくりしたものではないのです。
それだけの労力の要る見積書というものを、
“とりあえず”作って、などとは、
工務店に申し訳なくて私は言えません。

そもそも、そういう微細な項目の各金額を、
正当かどうか判断することは可能でしょうか。
三寸五分角十尺の杉の柱が一本いくらか、わかりますか?
赤松の梁、照明器具の配線、大きさの違うそれぞれのサッシ、
ビニルクロスの平米単価、塗装の材料費と施工費…
各項目の単価相場や時価を何百項目も、把握できますか?
そもそも見積書の項目の書き方だって、決まりはないので
工務店によってずいぶん違います。
各項目の単語のどれが同じ物を指しているのか
判断するにも知識と経験が必要です。
それがわからなければ適正価格か判断出来ません。

私は独立する前に勤めていた先で見積もりもしていて、
十数年経験があるので単価もひととおり見当がつきます。
だから見積のチェックも出来るのですが、逆に言えば
それぐらいの知識と経験が要るということです。

ここまででおわかりだと思いますが、
知識と経験のない人が自力で
相見積もりを「正確に」「正当に」行うのはほぼ不可能です。

どうしても相見積もりを、となれば設計士に
チェックの代理を依頼せざるを得ないでしょうが、
先述のようにチェックにも多大な労力が要ります。
「チェックしといて」と気軽に言われたら、
私なら設計そのものからお断りします。

しかも、関係各所がそんなに労力を費消させられても、
結果として下がる金額はせいぜい数十万円です。
総工費数十億、数百億のビルのような工事なら
百万単位の見積価格差がつくこともありましたが、
住宅の数千万円程度の予算では絶対にあり得ません。
何百万円もの差が付くようなら、
項目を見落とした可能性が高い。

そんな手間をかけるぐらいなら、
日頃から注意して良い工務店を探し、
価格を尋ねて不当に高くないことを確認し、
現場を見て仕事の精度が高いことを把握し、
信頼できると思えた工務店に、
きちんと信頼していると伝えて工事を任せるほうが、
性能も仕上がりも満足できる家が、
結果的には安く完成する、ということを
私たちはこれまでの仕事で散々、経験してきています。

だから相見積もりには意味がないと
ご説明をしているわけです。

繰り返しますが、工務店ごとの事情や状況を理解せずに
項目や単価をつつきまわすのは相見積もりではなく買い叩きです。
それは交渉術でも駆け引きでもない、ただ無礼なだけです。

工事の質が高くてあちこちから信頼されて
仕事もたくさんある工務店であればあるほど、
相見積もりを断ってくることが多いです。
まして、相見積もりでなく買い叩きになっているな、
というのは、プロの目には最初の段階で判断がつくので、
参加するメリットも意味も全く感じません。
結果、「素人の言う相見積もり」に参加する業者は
ろくに仕事のない業者、ということになっていくのです。

要求には限度があり、安さにも正当な範囲があります。
“安かろう悪かろう”は、建設の世界にも当てはまります。
工務店の見積をいじり回すのではなく、前回書いたように
要求や要望をきちんと整理することで
価格は抑え、必要なことは盛り込んで、
予算の範囲内で最大限良い家を手に入れる、というふうに
考えて頂けるといいな、と思います。
建築に関わる者たちのほとんどは、そう思っているのです。