その要望は、どこから?【ウェブ茶話会(仮) 1 】

Q.ハウスメーカーとの打合せ後に間取りが出てきた。
確かに要望は反映されているが、しっくりこない、
納得がいかないのはなぜか。

A.生活に必要なものなのか、欲しいモノなのか。

「要望」という言葉はくせ者だと昔から思っていました。
家は住む人の希望・要望に寄り添って建つべきものなので、
「要望」はもちろんとても重要な家づくりの前提です。

その一方で、きちんと考えられていない変な間取りや造作を作っておいて、
「お客様のご要望ですから」と作る側が施主に責任を押しつけるための
方便になっているケースも多々、見聞きします。

そもそも、その要望は本当に必要なものでしょうか。
映画は観ないのに60インチものテレビを置ける広さのリビング。
4人家族なのに6人掛けのダイニングセット。
別居の親が年に2日泊まるだけなのに6畳の和室客間。
同時に使うことはほぼないのに2ボウルの洗面台。
台所の片付けは苦手なのに、全面丸見えのアイランドキッチン。

“必要”じゃなくて、ただ“欲しい”だけになっていないでしょうか。
たいていの場合それは、欲しい「モノ」を考えています。

家は、「モノ」の集積ではありません。
その考えでは、どんなに大きく作った家でも
すぐに狭く感じるようになります。
ましてや、家自体が「モノ」ということはありえません。

家は「場」であって、そこに住んで生活をします。
どういう生活をそこで営むのか、ということがいちばん大事です。
私の師匠は、施主のことを「生活者」と表現します。
いい言葉だな、と思います。

自分はどういうふうに暮らす生活者なのか、
きちんと把握している方、どのぐらいいるでしょうか。

朝起きてまず何をして、朝食をどう摂るのか。
着替えて出勤、どんな仕事をしていて仕事着はどういうもので
どのぐらいの量を持っていて、洗濯やクリーニングの頻度は。
家族はそれぞれ、何時に帰ってくるのか。交通手段は。
仕事帰りに買い物をするのか、休日に買い溜めるのか。
家で仕事をするのか(特に今はこんなご時世ですし)。
家の片付けは、掃除は、どうやって、頻度は。
夕食は、入浴は、寝るまでの時間はどう過ごすのか。
寝るときはどんな環境が落ち着くのか。
就学児童がいれば、生活のサイクルは大人とは大きく違います。
その点はどうですか。

日々の生活を、週でまとめても月でまとめてもいいし、
タイムテーブルでも箇条書きでも、自由な形式で
自分の生活をこと細かに書き出してみれば、
その生活に必要な「モノ」は浮き彫りになってきます。

同時に、どのような「場」が必要なのかも見えてきます。
そこで浮かび上がってくるモノや場の候補は、
自分の生活に寄り添ったものであるはずなので、
好みや適切さから大きく外れることは少ないはずです。

そこから自分と家族の好みで選び、絞っていけば、
しっくりこない家になることのほうが少ないはずなんです。
考えのスタート地点と進む方向が間違っていれば、
ゴールには辿り着かない。

これはもちろん、施主側の問題ではありません。
日本の住宅建築は、作り手側がそういう問いかけをこれまで、
まるでして来ませんでした。
「お子さんはおふたりですか、じゃあ6畳の子供部屋ふたつですね。」
これは要望に応えたとは言いません。
物音の聞こえる居間や食卓で宿題をしたい子にとって、
部屋は寝るだけの場所だったりもします。
6畳必要なのかどうかはよく考えなくてはなりません。

私は、最初の顔合わせのあと、お客様に
「自分の生活100項目」をまず書いてもらっています。
大変な作業量ですが、これをやると誰よりもお客様自身の
迷いを大きく減らすことができます。

そうやって打合せを始めたあるお客様は、
相談に来た時点では35坪以上の家を望んでいました。
長い打合せを経て、完成した家は22坪。
完成後にお招き頂いた新築住宅での食事の席で、
「あきらめたものもあったと思うんですけど…」と言ったら、
奥様が「いや、あきらめた記憶が全然ないんです。」と
言ってくださいました。
このことは誇りに思っています。死ぬまで誇りにするでしょう。
自慢がしたいのではなく、理想の家づくりのひとつが、
このことに顕れていると思うのです。

大きな変化なく繰り返している日々の生活を
あらためて見直すのは大変ですが、
家づくり自体がそもそも大変な事業です。

砂浜でスタートダッシュをかけるのが大変なように、
大事業を最後まで走り抜くためには
まず足元を固めることがとても大事だと思うのです。
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